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博物館と生徒会その2

長くなってきたので仕切り直し。

凪の杖


「博物館と生徒会」におけるもっとも謎めいた集団。平野恒平の秘密結社よりもはるかに本格的。東洋連邦の樹立と、その内部反乱による崩壊、そして占領統治後の暫定政権の崩壊のすべてに深く関与している。野辺丘の最終基地の反乱により、有志連合軍による占領統治に動揺を与え、その支配地域が結果的に紅葉山学園の影響下に置かれるよう誘導した。

現在は、西日本にある暫定政権 (実態は右翼団体の連合体で、支配地域はごくわずか) に対抗できる勢力を作るため、紅葉山学園を影ながら援助している。冬木啓介の文化部共同開発機構にも興味があるらしい。

軍事力、経済成長、技術革新などを忌み嫌う独特の思想を持つ。巨大な軍事ブロックや国際資本の出現を妨害し、地域に密着した小規模な政治勢力を支援している。東洋連邦の樹立を画策したのも、当初の目的は経済共同体に対抗する勢力を作ることであり、「風の杖」の最終的な目標は両者の共倒れであった。

実際、東洋連邦の崩壊後には、東洋連邦の支配から解放された信託統治領を再び植民地に組み入れようとする有志連合軍の諸国と、信託統治領の現地政権との間で、多くの独立戦争や紛争が起こった。その結果、経済共同体を構成していた多くのかつての強国は、これらの戦争によって疲弊し、支配地域を失ったことで影響力が低下した。

冬木啓介の立場


そもそも文化部共同開発機構という名前のものには二つの側面がある。まず、紅葉山学園から正式に認められた「部」であり、入部届問題に際して複数の文化部を合併して成立したものである。さらに、紅葉山学園の文化部全体の利益代表であり、地元の経済界とも結託している自然発生的な連合体でもある。

冬木はこれらの両方の創始者ではあるのだが、じつはどちらについても正式な役職は持っていない。前者の部長および役員は、合併前の各部の役員のたすきがけ人事である。冬木は科学思想研究会の副部長から科学思想研究科長に昇格したが、しょせんはこの程度である。

後者については、事実上の連合体であり、役職についての規定が存在しない。冬木の自称は「文化部共同開発機構の冬木啓介」である。

また、紅葉山学園の生徒会で西沢政権が成立したときには、冬木は一時的に副会長になっている。しかし、その直後に副会長をやめ、課外活動実行委員会の設立とともに「企画部長総務」に就任している。これは生徒会会則の規定にある「体育祭実行委員会、学園祭実行委員会、課外活動実行得委員会の長は代表議会の承認を受けなければならない」に相当し、必要な議決を受けている。体育祭、学園祭は「実行委員長」なのに対して、冬木の役職はふざけているが、こんなものである。

課外活動実行委員会


西沢政権下で生徒会会則を改定して作られた組織。体育祭、学園祭の両実行委員会と形式的には対等だが、実力には差が大きい。冬木は企画部長総務、平久はスポーツ系イベント部長、篠崎は調査部長会計。梅野は何か入ってたかな? 対称性を考えるなら文化系イベント部長だろうけど。でも仕事は何もしてなさそう。

課外活動実行委員会の調査部は事実上、帰宅部と事業内容が同じ。基本的には部に所属していない、所属はしているが幽霊になっている生徒たちの放課後の過ごし方を調査、提言している組織なので。課外活動実行委員会の設立後も帰宅部は形式的に存続しているものの、部長の篠崎はるかを含め、スタッフは全員、課外活動実行委員会に編入されている。

というわけで、スポーツ大会の審判は、旧帰宅部の人たちを含めた課外活動実行委員会の人たちで回している。用具の運搬などは西沢政権下の生徒会役員たちに手伝ってもらっている。審判はゲームの「演出」に関わっているので、事情をよく分かっている人間でないと務まらないらしい。

東洋連邦


東洋連邦には大きく分けて二つのイデオロギーがあった。一つは「日本派」で、日本民族の優秀性を主張し、支配地域の諸民族は日本人の指導のもとで発展を遂げなければならないとした。二つ目は「普遍派」で、東洋連邦が真に偉大な国家であるためには、民族性を超えた普遍的な価値観を体現しなければならないとした。

前者が東洋連邦の公用語を日本語に定め、支配地域の子供たちに日本語教育を強要したのに対して、後者は諸言語から語彙を収集して、東洋連邦の新たな公用語となるべき人工言語を作成した。この人工言語の策定に関わった研究者たちは、のちに帝国博物館の研究員としてレクネクラプテ (人工言語および歴史書) の開発にも関わっている。

なぜわざわざこんなことを書くかというと、生物の分類に使われる「国際名」と「標準和名」の対立について書くためである。東洋連邦の時代において、生物学系の学会は両者に分裂していた。(ただしどちらも活動の拠点は東京にある) 国際名は現地語を取り入れているのに対して、標準和名は日本語のみで命名されている。戦後には、国内では標準和名、国際的には経済共同体で使われていたラテン語名が使われるようになり、国際名は忘れられてしまった。

さらになぜこんなことを書くかというと、熱帯植物園ではミンティアが標準和名を、フリスクが国際名を使うである。標準和名はミナミホソバヒナギクモドキ、国際名はメイホワ・ラチャイである。メイホワはその植物の現地の名、ラチァイは現地語で、浮浪者、流刑者、故郷を追われた者を意味する。この後半部にはさらに深いいわれがあるのだが、ミンティアの性格では「かわいそうに思うくらいならぜんぶ引っこ抜いちゃえばいいじゃない」である。

篠崎はるか


篠崎泰宏 (いまいち名前がしっくりこない) は「凪の杖」の科学技術部門の責任者だったが、何かあったらしく消されてしまった。だから、篠崎はるかは生まれながらにして「凪の杖」の一員としての運命を負っている。さまざまな特権が与えられてはいるが、逆らえば命はない。

頭蓋骨の内側に埋め込まれている磁気共鳴装置で、旧東洋連邦軍のコンピュータに接続できる。ただし、現時点で稼動しているのは帝国博物館の所蔵品のデータベースくらいである。野辺丘の最終基地にある兵器も起動できるらしいが、コンピュータを操作できても物理的に整備されていなければだめである。

帝国博物館の最高幹部と同等かそれ以上の力を持っているが、正体を知られると消されるおそれがあるため、めったなことでは能力を発揮できない。

でっていう


西日本にある暫定政権は都城盆地にある。冬木いわく「都でも城でもないただの田舎」らしい。

紅葉山学園における「凪の杖」の工作員は篠崎と小菅 (後期) である。小菅は、御しやすく、不要になったらいつでも消せるだけの者として使われていた。篠崎は、彼女の父親と同様、多くを知りすぎているため危険視されているが、影響が大きいためすぐには消せないでいる。

小菅のモチーフはどちらかというとB会場2階事件の人であるべきである。つまり、学園祭実行委員会と組んで何かしたりするわけである。この事件のときには冬木と西沢がいったん負ける。


  • 最終更新:2009-10-28 02:18:55